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1話 機械仕掛けの夢と、空飛ぶ少女

last update 게시일: 2025-08-14 12:23:30

 五月中旬。青々とした新緑が輝く丘陵地帯では、羊たちがのんびりと牧草を食んでいた。

 昼下がりの空は快晴で、雲ひとつない蒼天が頭上に広がっている。

 そんな玻璃はりのように澄み切った空に、黒い点がひとつぽつりと浮かんでいた。雷鳴に似た重低音を響かせながら、その点は南西の空へ向かって猛烈な速度で移動している。

 その正体は、空を駆けるバイク──飛行二輪だった。

 陽光に鈍く光る黒鉄色の大型車。側車サイドカー付きのその機体に跨がるのは、枯れ草のような生成り色と焦げ茶色のドレスを着た少女。

 彼女はレザー製のパイロットヘルメットをかぶり、二つに結った桃金色の長髪を風になびかせていた。

 唇には機嫌の良さを隠しきれない笑みが浮かんでいる。

(──やっとの休暇! 今日は絶対に、良い日になるわ!)

 ゴーグルの下、金色に近い琥珀の瞳を爛々と輝かせながら、彼女──ネクター・エヴァレットは、最近ラジオでよく流れている流行歌を、鼻歌まじりに口ずさんだ。

 ──十七歳の少女、ネクター・エヴァレットを一言で言い表すなら、〝異端者〟だろう。

 金色の瞳に、赤みを帯びた髪──それはまさに、古くから伝わる〝魔女〟の姿そのもの。

 しかも、魔女といえば物語の中で空飛ぶ箒に乗るのがお約束だが、彼女の場合は飛行二輪に跨がって空を駆けるのだから、さしずめ〝現代の魔女〟といったところか。

 とはいえ、すでにこの国──イフェメラ王国では、貴族制は数十年前に廃止され、蒸気機関の発展により産業が飛躍的に成長している。魔女狩りや異端審問といった時代も、今や数百年も前の話。忘れられて当然の過去となっていた。

 ……そんな時代に生まれて、殺されずに済んでよかった。生まれた時代が良かった。

 ネクター自身、何度そう思ったことか。だが、彼女が〝異端者〟と呼ばれる理由は、容姿だけにとどまらない。

 むしろ、その〝職業〟こそが最大の理由だった。

 産業革命の始まりから二百年程が過ぎたとはいえ、女性が職業に就くのはまだまだ珍しい時代。商人や農婦、或いは娼婦などがその例外に挙げられる程度だ。

 同じ年頃の乙女といえば、上流階級の娘なら教養を身につけるため学生生活を送りながら縁談を待ち、庶民の娘なら家の手伝いをしながらやはり縁談を待つ──そんな未来が〝当然〟とされていた。家事をこなし、子を産み、家庭を守る。

 それがこの時代における女性の〝仕事〟だ。

 そんなネクターの暮らしは、王都ブラスシザーズのすぐ隣──昼夜を問わず貨物列車が走り抜ける埃っぽい工業地帯、アッシュダストにある。

 五十を過ぎた未婚の叔母、ドリス・エヴァレットとともに、こぢんまりとした修理工房を切り盛りしていた。

 職業は、修理技師。

 とはいえ、正式な弟子というよりは、十五の頃に反抗期の勢いで叔母の元へ転がり込み、気付けば工房の手伝いをしていた……というのが実情だった。

 そんな日々の中で、ネクターは自然と機械いじりの腕を磨いていった。

 それは仕事であると同時に、彼女にとってかけがえのない趣味でもあった。

 機械油の匂いに包まれながら、バイクや時計を分解してはまた組み直す。そしてひと息つくと、亡き祖父が遺した冒険手帳を開いて、まだ見ぬ世界に想いを馳せる──それこそが、ネクターにとって至福の時間だった。

 祖父は技術者であると同時に冒険者でもあり、彼の語る物語はいつも鮮やかで自由だった。

 そんな血を引いたネクターの趣味は、世間から見れば少し風変わりだったかもしれない。

 もちろん、可愛いものが嫌いなわけではない。

 今だって、召している作業着もフリルのたっぷり付いた生成り色のブラウス、焦げ茶色のスカートには幾重にも重ねられたクリーム色のレース──と、機能性重視の実用的な服装の中にも、少女らしい可憐さをしっかり忘れていない。

 けれど、それはあくまで、〝今〟のネクターの姿。

 ──生まれ育った場所と、本当の名前においては、ネクター自身は語りたがらないだけ。

 その出生は、イフェメラ王国の誰もが耳にしたことのある、あの家の名に繋がっているのだった。

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